2008年06月26日

死刑という刑

朝日新聞が鳩山法相を「死に神」と称した問題の波紋はなかなかおさまりません。今度は被害者団体が抗議したそうです。

個人的には、死刑制度(少なくとも現行の死刑制度)には反対です。

ですが、かつて自己の宗教上の信念に基づいて死刑執行を拒否するとした法相に対しては、それは違うんじゃないの、と思いました。
法治国家の日本で、しかも法相が、国民代表機関である国会によって制定された法律に基づき職務を執行するのは当然のこと。自己の信念、宗教上の信念は尊重されるべきですが、それと相容れないポジションであれば引き受けるべきではないでしょう。要は個人としてそういう信念を持つことや、法改正に向けた行動を起こすことは自由なわけですから、そういう人は法相にならず、そういう活動をすればいいでしょうと思ったのです。

今回もそうです。
法相が法に基づいて死刑を執行したわけです。
もちろん法が絶対に正しいのか? という議論は別途あるでしょう。実際死刑廃止論者は意外と多いものですし、今後法が変わる可能性だってあるかもしれません。でもそれを法相が判断してしまっては、いけないはずです。
大体、(大切な人を殺害された遺族であれば別として)誰が死刑の決定や執行をしたいなどと思うものでしょう。鳩山法曹が死刑囚の生殺与奪の権を持つことに邪な喜びを感じて嬉々として署名した、などとは到底思えません。
どういう意図でこれを死に神と呼んだのか。私は朝日新聞の原文は読んでいませんが、普通に考えて悪意の感じられる呼称です。
(それにしても何か政治的な意図があってあえて悪意ある呼称を使ったにしろ、タイミング悪すぎですね。宮崎死刑囚の死刑執行については、普段「死刑の是非? うーん…」と言う人であっても「あんなの死刑でしょう! っていうかまだ死刑になってなかったの!?」というような人が多いでしょうから。)

ところで、上述の通り私は現行の死刑制度には反対の立場です。
犯罪者の全てが更生するなどと思っていませんし、犯罪者の命が被害者の命より重いなどとも思っていませんし、残虐な刑罰だからいけないと思っているわけでもありません。
リーガル・サスペンスが嫌いな方でなければジョン・グリシャムの「処刑室」をぜひ読んでみてください。フィクションですし、私はこれを読む前から死刑反対なのでこれによって考えが変わったとはいえませんが、非常に考えさせられる話です。
posted by ひかり at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 法律系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。