2008年02月07日

英語が出来て得だよね

英語が出来ない知人が友人と私にこぼしていました。
その知人は秘書をしているのですが、今度ボスが海外に行くことになり、ホテルやレストランの予約が必要になったもののそれが出来ずに他の人にやってもらったのだそうです。
普段から愚痴の多い人なのであまり気にもせずそれは大変でしたねと適当に頷いていたのですが愚痴は延々と続き、
「英語が出来ると得だよね〜。いいよね、あなたたちは英語が出来て、お給料とかだってそんなことが影響するんだし」

友人が突然キレました。
「言っておきますけどねえ、英語は出来たわけじゃなくて努力したんですよ!自分だってやればいいじゃないですか!」

大人なふりをして双方をなだめながらも、内心深く友人に同意したのでした。

私は高校留学をさせてもらえたのは恵まれていたと思います。
でも少なくとも私は自分で行きたいという意志を持ち、自分で留学団体を探し、親とは留学費用は就職してからの返済という約束をし、日本での高校生活や大学受験が不利になることを覚悟した上で留学しています。
行けば行ったで2歳のホストシスターにも歯が立たない英語力で、特に最初の3ヶ月ほどは毎晩枕を涙で濡らして泣き寝入りしたものでした。

高校時代留学したかったのにどうしてもさせてもらえなかった。
という人が「うらやましい」と言うならともかく、別に高校留学したかったわけでもなく、あるいはそんなことを考えもしなかった人にそう言われたくはありません。
そのキレた友人も最初に学生時代留学したときは、ストレスのあまり人生で初めて蕁麻疹を経験したそうです。

しかも高校留学ぐらいで「英語ぺらぺら」になったかというとそんなことは全然なく、結局それから長年を経て今に至るまで、常に母国語とのギャップに泣き、莫大な時間とそれなりの努力と馬鹿にならないコストをかけて、恥をかいたり青ざめたり自己嫌悪に陥ったりしながら英語と格闘してきているわけです。

結果としてある程度の英語が使えるようになって有利な場面というのはいろいろありますし、その友人(バイリンガル+有資格者)も私も、確かに彼女よりは多少いいお給料を取っています。
ですが、それが「得」かと言われれば、単純にコストだけみても決してそうも言いきれません。
それにもしそれが「得」なのだとしたら、そう思う人は努力すればいいじゃないですか。
(少なくともその知人に関していえば、介護が必要な家族がいるわけでも親の借金に追われているわけでも重い障害に苦しんでいるわけでもありません。)
英語なんてネイティブレベルになろうとか通訳を務めようとか思うのであればともかく、電話を取り次いだりホテルやレストランの手配をするなどという程度であれば、ちょっと頑張れば絶対に出来るようになります。私はいい歳して趣味で始めたスペイン語でもその程度のことは十分出来るようになりましたし、以前働いていた商社では英語出来ませんなんていう新人だってみんな3ヶ月もすれば簡単な商談ぐらいはするようになっていました。

大体さ、海外に出張するボスの秘書をしながら英語の電話も取り次げないなんて恥ずかしい。そこで人をやっかんでる暇があったら何とかできるようになろうと思わないのかな。
英語が出来るか出来ないかなんていうことは人間性とは何の関係もないけど、自分が努力しなかったことに対して努力した人間に嫌味を言うのは人間性に問題あるんじゃないの。

…険悪な場面ではなだめる側に回ってみたくせに、実は結構むかついてます。
posted by ひかり at 22:32| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは、ひかりさん。

いやぁ、お気持ち、とてもよく分かります。努力をしていない人に、「できる人はいいよね。」と言われると、私も相当頭に来ると思います。私は、ある程度の人なら、努力さえすれば、そこそこの結果は誰にでもついてくると思っているんです。(もちろん、飲み込みの速さ、思考パターンの発達具合など、人によって先天的な頭の良さもあるとは思いますが。)

なので努力もしたことがないと思われる人に、「あなたは頭がいいからいいわね。」と、自分が今できることを一言で片付けられたりすると、「あなたね、私がどれだけ苦労したか知りもしないくせに、どういう神経してそういうことが発言できるの?!」と言いたくなってしまいます。ひかりさんの知人の発言は、それなりの努力さえもしたことのない人の言葉だと思いますよ。そういう努力をしたことがないために、きっと他人が努力してそれを得た、ということが分からないんですよ。

それにしても、ねぇ、「いいなぁ、英語ができて。羨ましい。」と言うのなら、褒め言葉とも受け止められますが、それを「いいよね、あなたたちは英語が出来て、お給料とかだってそんなことが影響するんだし」なんて言うなんて、失礼極まりないですよね、ひかりさんと友人の方の努力に対して。

おっしゃるとおり、私もそういうことが平気で言えてしまうその人の無神経さに問題があると思いますね。努力をしたこともないといういう時点で、人のことをあれこれ言う資格はないと思うのですけれどね。
はは、私も一緒にむかついてしまいました。失礼!
Posted by kbt at 2008年02月08日 12:02
シロちゃんに「英語似てる?」と聞かれました。ひかりさんに大賛成!と書こうとしていたので、気持ちを読まれたような?

私の思うところはkbtさんが書いて下さいました。私もそこにいたらご友人の前にキレてたかも(汗)同じ思いながら先に爆発する人を見ると、急に冷静になって火消しに回ることになりますね。その秘書の方はそもそもやる気がなく、愚痴を聞いて欲しかったのでしょうが、聞いてもらう相手も愚痴の内容も間違ったように思います。

私も同じ経験があります。遊学や、短期語学留学の学生さんが多いCAに居たので(もちろん努力と苦労をされている人たちも沢山いらっしゃいますが)覚悟もやる気もない人たちに振り回されました。よく言われたのは
「ロースクールに行くくらいならそりゃ英語は上手になるよね〜。どーせ私なんてダメだから。」
ロースクールに行ったからではなく、勉強したから。それでも全然授業においつけないんだよ、そう答えても反応は薄く。どうも留学さえすれば、ある日「ぺらぺら」になる魔法にかかるとでも思っていたかのようです。そういったタイプの人は、免許、カーディーラー、引越し、インターネット接続、なんでも平気で人に丸投げして頼ります。苦労と失敗をするから身につくものがあるのに。日経に湯川れいこさんが、駆け出しの頃にプレスリーの曲の♪time to killという部分を「殺人のとき」と訳してしまった失敗談を書かれていましたが、どんな人でもコスト・精神面とも、no pain, no gainなのだと思います。

同じく私は聞くだけでぺらぺらに、、、とか、ネイティブのようになれる、、、といった英語学習ツールの宣伝を見るたび、すごくひっかるのですね。「ぺらぺら」って説得力有り気で、非常に主観的で抽象的な言葉ではないでしょうか。レベルを特定しないまま、抽象的な成果をうたうのはどうなのかなと。ビギナーの人に対しては、ちょっと通じた喜びを売って成立しているのかもしれませんが。
たとえトーイックで900点を越しても、ネイティブでないことには変わりありませんし、私は不自由はなくても今も英語の壁は小さくないと感じます。それは言葉は文化と一体だからだと思います。M1のコントが笑えるのも、日本の文化や今の日本社会の流行りを理解しているからであって、同じく、英語がわかるだけでアメリカやイギリスのような英語圏の社会において、ネイティブと=になるわけではないですよね。少なくともアメリカでロースクールを出た人間にとっては、上級レベルの英語は仕事で前提であり、その上で正確性、言い回しに悩むわけで。アメリカ人弁護士に英語を誉められても、それは「日本人にしては」ということなのだと理解しています。そういうジレンマを持つ人間にとっては、ちょっとした妬みからきた愚痴も刺さり具合が深いのだとおもいます。ネガパワーな人は出来る限り避けて、モチベーションの高い人と刺激をしあえるのが理想ですが、現実はなかなか。

スペイン語を勉強されているのですね。私もかじっています!楽しいですね。目的がちょっと通じればいい程度なので、英語のようなプレッシャーもなく、また間違っても通じればno problema!!なラテンな世界が大好きです。フランス人の友人の「それならフランス語やればすぐ伸びるよ!音は違っても似てるから!」というコメントを真に受けてしまったのはお恥かしいのですが、ともあれ言語の習得は歴史や文化の勉強に広がり、ゆっくり楽しんでいます。
(長くてすみません、、、、)
Posted by ひろ at 2008年02月08日 14:39
ううう、kbtさん…

そうなんですよね、努力したことがない人ほど他人が努力で得たことというのが分からないんですよ。(アメリカにいても、外国語を学んだことのないアメリカ人の方が下手な英語に厳しい、と思いません?)

そりゃね、私だって美人になる努力してないくせに美人を見れば「いいなー」と思いますし、挑戦はしたものの挫折したゴルフやスキーを楽しんでいる人を見ると「運動神経いい人がうらやましい」とか思いますし、言いますよ。だからうらやんだりあこがれたりというのは分かります。
それに実際「英語出来ていいですね」と言われる場面は多いですが、普通はそんなことで不愉快になったりしません。別に英語だろうが日本語だろうが、電話を取り次ぐのも友達や家族と出かけるときに手配の電話をするのもまったく気になりませんし。
なので、少し冷静になって考えてみると、言われたことそのものよりも今までの積み重ねがキレた原因だったのかも。とにかく口を開けば出てくる言葉の99%が悪口と不満と批判の人なので、私は聞き流す癖がついていましたが友人は我慢を重ねていたようです。

ちなみにその人が半年ぐらい前に同じ愚痴をこぼしていたときに、「電話応対ぐらいならいくつか決まり文句覚えれば大丈夫ですよ。電話機に貼っておいたら?」とか、「秘書英語コースとかたくさんありますから、通ってみるという手もあるかもしれないですよ」という話をしたこともありますが、「んー、それもねー…」でした。(何が「それもね」なのかはまったく不明)

確かに世の中、努力だけでは出来ないことはたくさんあります。
ノーベル賞を取るとか、プロのオペラ歌手になるとか、オリンピックに出るとか。
また頭のいい人、それほど良くない人がいるのも事実です。理解度、物覚え、発想、応用力…。
難病や障害でどうしてもいわゆる普通のことが出来ない人もいるでしょう。
だけど、ほとんどの人は努力をすればそこそこのことは出来るようになるはずで、まあ「努力をする力」というのも才能だと思うこともないではありませんが、それでも「がんばれば出来ること」をがんばらずに文句だけ言うな、と思います。

ま、いい反面教師だと思うことにして、私は努力を忘れない、少なくとも自分が努力しないことに対して人にやつあたりをして鬱憤を晴らしたりしない人生を歩みます。
Posted by ひかり at 2008年02月09日 10:53
ひろさん、こんにちは。

>♪time to killという部分を「殺人のとき」と訳してしまった

怒っていたはずなのに爆笑してしまいました!
実話ですよね…?

先年亡くなったロシア語通訳者の米原万里さんがご自身のエッセイの中でやはり数々の失敗談を書かれていて、一流の通訳の方でもこういう「恥ずかしい」失敗を重ねてこられているのだなあと、笑いながらもしみじみしたものです。

私も子供のころ読んだ本の主人公が「長い顔」をしていて、てっきり馬面なんだと思っていました。が、大人になって手にした原書の表紙の主人公の顔は全然馬面ではなく、当該箇所には"long face"との記述が。
有名どころの翻訳者さんでしたけど。

まあ今みたいにたいていのことはネットで解決する時代と違って大変だったんですよね。

>「ロースクールに行くくらいならそりゃ英語は上手になるよね〜。どーせ私なんてダメだから。」

あー、ありがちありがち。しかもこれも主題は「私なんてダメだから」の部分を否定して欲しくて言ってたりしませんか。
私もよく言われました。
実際には「英語の」勉強をするのなら、「アメリカ法の」勉強をするロースクールよりも語学学校の方がうまくなると思うんですけどね。ロースクールに行けば英語がうまくなるんだったら、そう思う人はロースクール目指せばいいのに(とはさすがに言えませんが、胸のうちで呟きます)。

苦労と失敗をしない人生を選ぶのもその人の選択肢であって否定されるべきものではないと思いますが、苦労と失敗の末に得られるものを得られなかったからといって不公平だとか怒らないで欲しいものです。

ところでひろさんスペイン語勉強されてるんですか。楽しいですよね。
私はスペイン語やってたのはロースクールにいく前だったので、今ではすっかり忘れてしまいました。
でもこれをはじめたきっかけは実は英語コンプレックスだったんです。「自分の英語はもう大して伸びない、十分なバイリンガルになれないならそこそこのトリリンガルになるというのはどうだ」と思いまして(苦笑)。
おっしゃるようにTOEICで900を超えたところで所詮TOEICなんてノンネイティブ向けのテスト。私の知る本当のバイリンガル達はTOEICなんてそもそも受けていませんでした。
やっぱりそこには到達しないなあ、と…。
でもきっかけは何であれやってみたらスペイン語はとても面白くて、日本ではそれこそ使う機会がないのが残念ですし、またやってみたいなとは思ってます。
Posted by ひかり at 2008年02月09日 11:14
>怒っていたはずなのに爆笑してしまいました!
>実話ですよね…?

はい、私も驚いて3度くらいを読み直しましたが、ご本人が新聞に書かれていた実話でした。

>まあ今みたいにたいていのことはネットで解決する時代と違って大変だったんですよね。

本当にそういうことだと思いますね。便利だからこそ、母国語も含めて、いちいち調べる手間を惜しんではいかんなぁと思います。

>あー、ありがちありがち。しかもこれも主題は「私なんてダメだから」の部分を否定して欲しくて言ってたりしませんか。

そうなんですよね、、、。なぐさめがほしいので、前にすすみたいわけではない、という。まさにおっしゃるとおり、努力しないことを選択するのもそのひとの自由であり、それは尊重するので、他人に対しても不必要に頼って時間と神経を消費することはやめてほしいのですよね。

スペイン語、楽しいです。その音とか。8が「オチョ」なんて聞くだけでたのしい気分になっちゃいます。知らない単語もけっこう、英語から推測できたりしますしね。
私はスパングリッシュがほぼ第1言語、という環境にいたせいで、帰国後アメリカは懐かしくなくとも、ラテン文化が恋しくてスペイン語を始めました。
といっても、毎回過去形のところで(NHKの語学番組ならだいたい6月か11月頃?)停滞するのですが(笑)
Posted by ひろ at 2008年02月13日 12:26
あー、過去形は混乱しますよね。スペイン語は音が易しい分文法は複雑で。私はそれでも直説法はそこそこ使えるあたりまでいきましたがいつもそこで止まってしまいます。
なんかこんな話してたらまた4月からNHKでもやってみるかなという気になってきました。

>他人に対しても不必要に頼って時間と神経を消費することはやめてほしいのですよね

ほんとに…。
でもうっかりそんなことを口にすると「出来る人間の傲慢」とか言われてしまう危険が…。だから出来るんじゃなくてがんばってるんだっていうのに、と思うのですが。
Posted by ひかり at 2008年02月15日 22:02
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/82871603

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。